out of control  

  


   31

 心臓が、止まるかと思った。
 どくどく鳴って、うるさい。
 覚悟して、この行為を受け入れたのは俺だ。
 でも、俺はたぶん、本当の意味でのこの「行為」をわかってなかった。
 一舐めで背骨が引き抜かれたかと思うような衝撃が走った。うしろを広げられて、張り詰めた性器が弾けるかと思った。
 でも、それで終わらない。

「ちゃんと尻上げろ。見えねえだろ」

 ランプを持って、ティバーンがそこを覗き込む。顔から火を噴きそうだ…!

「いやだ」

 必死で怒鳴ったはずの声は、酷く掠れて頼りない。ティバーンは気にした様子もなく俺の腹に腕を回して、無理に俺の腰を引きずり上げやがった。

「ティバーン!」
「……本当に傷、残ってねえんだな。腹もだし、ここも。良かった」
「良くない! いいから離せ!」
「もうちょっと辛抱しろ。奥まで見えねえだろ」

 そう言ってさらにそこをぐいと広げられて、俺はほとんど無意識に出した翼でばさばさと暴れた。

「わぷッ、こ、こら! ランプ持ってるのに危ねえだろ!」

 がしゃっと音がして、翼の先が熱くなった。ティバーンは慌てて机にランプを置いて俺を膝に抱える。
 だけど俺はとてもじゃないが顔を上げられなかった。

「ネサラ? どうした?」

 困ったような声で言われて、いっそう鼻の奥が痛くなる。悔しいのと、恥ずかしいのと、こういうことでも人は泣きたくなるものかと、俺はやけに冷静な頭の片隅で考える。

「おい、泣いてんのか? なんだ? まだ泣くようなことはしてねえだろ?」

 我慢しようと思ったが、駄目だ。眦からあふれて頬を伝った涙が俺の顔を上げさせようとしたティバーンの手を濡らして、本気で慌てたティバーンが俺の顔を拭こうとするが、掴んだ手ぬぐいはさっき汚したものだ。
 周りを探してキルトの上掛けを取ろうとした手を止めると、俺は自分で涙を拭いてティバーンの膝から降りてティバーンを睨む。

「こんなところを広げられて…ランプで覗かれるなんて、泣かないヤツはいない」
「ランプは夜だから使っただけだろ。俺が見たかったのはだな、その…前に、おまえが酷い怪我をしただろうからだな、ここも治ったかどうか気になってたんだよ。変に引き攣れてたりしたら、それこそクソするのも難儀になるんだぜ。そういう話、聞いたことあるだろ?」
「そ…、それは何回も怪我をするのを繰り返した結果だろ!」

 ティバーンのあんまり直接的な言いようにまた顔が熱くなった。それに、まさかこの男にそんな知識があるなんて思いもしなかったからな。

「確かに、その…知ってる。一応、俺はそのあたりのことも覚悟して、そうならないためにどうしようか対処法まで考えて応じることにしたんだ。だから心配しなくてもいい」

 大体、こんな風にされたらその覚悟までないがしろにされた気分だ。
 そう思って回りに落ちたティバーンの小さな羽を指でもてあそんでいると、ティバーンはなにを思ったのか、がっくりと項垂れて「あのな…」とため息をついた。

「もう痛い思いはさせねえ。俺がそう言ったのを覚えてるか?」
「…………」

 こんな時に、どうして俺たちはケンカになってるんだろう。
 なんだか情けない気持ちになって、そう思うとまた涙が滲んできた。
 じっとりと睨むと、ティバーンが俺の涙に気がついて笑う。なにも笑うことないだろ!?
 頭に来たが、先に逞しい腕が警戒心に満ちた俺を抱きしめて、火照った俺の目尻に口づけた。

「泣くなよ」
「泣いてない」

 大体、泣きたいわけじゃないんだ。
 ただ、なんというか…感情のタガが緩んだとは思っていたが、まさか涙腺までこうなるとは思わなかった。本当に昨日の涙で涙腺の詰まりがすべて流れて、今は締まりが悪くなってるような気がする。

「悪かった。びっくりしたんだな?」
「……あんなところを見られるのは嫌だ」
「じゃあ、舐める時にはどうするんだ? 目を閉じてやれってか?」
「舐め…ッ!?」

 頬まで口づけを滑らせたティバーンの言った言葉の意味が頭に届くまで、数秒掛かった。

「き、汚い!」
「汚くねえよ。奥まで舐めたい。いいだろ?」
「嫌だ!」
「そうか。でも、するけどな」
「おい!」

 ティバーンの声がいつもより低い。興奮してる証拠だ。
 鷹は鴉よりも理性がないと言われる所以だな。こうなるともう俺の制止は届かない。
 ティバーンは嫌がる俺を押さえ込んでうつ伏せに寝かせ、まず髪をかき上げて項に口づけた。

「嫌だ、ティバーン…!」

 いくら翼で暴れてもティバーンの腕は外れない。なにより疲れて、俺は途方にくれた。
 クソッ、どうしたって体格差の分、腕力じゃティバーンに敵わない。こういうのはもう強姦と変わらないんじゃないのか!?
 あぁでも、前は俺が強姦したんだよな。しかも薬まで使ったし。
 ……俺の方が悪いのか?

「あ…」
「ちゃんと気持ちよくしてやるから、ちょっと辛抱しな」
「ん…んッ」

 混乱しながら、でもティバーンの手に翼を撫でられて、俺はしばらくぱたつかせてからしまう。
 礼の代わりのようにまた翼の付け根に当たる部分を舐められた。…ぞわぞわする。全身の毛が立ち上がるみたいな感じがして、ティバーンの指に固くされた乳首まで尖るのが自分でわかった。
 この男を前にして悩んだら、負けだ。
 つくづく思い知る。
 それからまた背中に戻ったティバーンの舌と唇が滑り落ちて、いよいよ背骨の終わりをきつく含まれた時、俺はまた内股の筋がきつく張って来るのを感じた。

「く…!」

 ティバーンは俺が精通を知らなかったと思ってるかも知れない。でも、そんなはずないだろ。
 自分ですることはなかったさ。本当に必要なかったんだから。
 それでも、これは溜まれば勝手に排出される。時々朝起きて濡れていた下着を替える程度のものでしかなかった。
 そんなことがあったのも、もう何年も昔までだったのは事実だが。
 もしかしたらティバーンに墜とされるまでもなく、俺の身体は半分死んでいたのかも知れないな。
 あのころでもティバーンに触られた時には確かに慣れない感覚に戸惑ったが、それだけだった。でも今はぜんぜん違う。
 痛いのは平気だ。我慢できる。
 俺が痛がるとティバーンは自分が痛いような顔をしやがるから、どんなに痛くても平気な顔でいてやろう。
 そう思っていたのに、とてもじゃないが我慢できない。
 こんなにどうしようもない感覚が存在するなんて、俺は知らなかった。

「ティバーン……恥ずかしいんだ……!」

 指が、また俺のそこを広げようとする。それがわかって、俺は搾り出すような声で訴えた。

「せめて、触るのは指だけにしてくれ。舐められるのは、耐えられない」

 頼むから、見ないで欲しい。そう思って訴えたんだが、ティバーンは黙ってさらに俺の腰を引き上げて、無慈悲にそこを割り開いた。
 そんな部分に、ティバーンのあの強い視線が刺さる。

「……ッ」

 先に触れたのは柔らかい唇だ。俺の全身が強張った。

「あ…!」

 続けてゆっくりと、柔らかな舌が触れる。ティバーンとは思えない。まるで獣牙族の母親が仔猫の腹を毛繕いするように、ありったけの優しさを込めて。
 ど、どこを…舐めて…!!
 具体的な場所なんて、考えたくもない。俺のそこを知ってるのは、おむつを替えてくれたニアルチぐらいだ!
 今度こそ、心臓が止まる。そう思ったのに、止まらないものなんだな。
 声もなく固まっていたんだが、開かれた部分を何度も舌が往復するうち、妙なむず痒さが生まれて来て、無意識に力が抜けた。

「んぁ!」

 粘膜に触れたのは一瞬だ。でも、その一瞬が俺の中のあらゆる意地を覆してしまった。
 こんなところを舐められてるのに、俺の身体は勝手に力を抜きたがる。収縮する時間が短くなって、その度に一瞬むき出しになる粘膜に柔らかい舌が触れて、その間隔がだんだん長くなってきて…その理由を考えた時、俺は目の前が真っ赤に染まったような錯覚を覚えた。
 もう声も出せない。いつの間にかそこだけ高く引き上げられ、大胆に舐め回されて、俺は少し固い寝台に必死で顔を押し付けた。
 ティバーンの手が、ぽたぽたと雫を落とす俺の急所を握り込む。
 本当に…本当に、こんなこと…するのか? これって正しいのか!?

「ティバーン…そこ、きたな……ぁ!」
「汚くねえよ。ここも、おまえの大事な部分だろ? ずいぶん柔らかくなってきた。見てな。このままとろっとろにしてやる」

 勘弁してくれ。
 そう泣きを入れようと思った瞬間、いっそう深く開かれて、ずるりと舌が潜り込んできた。
 耳の時の比じゃない。変な声が出て背中がしなる。

「ふ、ぁ…ああッ!」

 舐められた。こんな…こんなところを深く…そんな、……嘘だろう!?
 握られた急所が震えて、俺はまた出したかと思った。
 本能的に閉めたくなったのに、おかしい。もっと奥に来てもいいのだと、勝手に力が抜けていく。
 ティバーンの手が、まるで褒めるように握った俺のものの先端を撫でる。どうしたらいいかわからない。
 これが…気持ちいいってことなのか? この、どうしようもない焦燥感が?
 ティバーンの熱い舌がそこを柔らかくこじ開ける度、声が漏れた。
 自分でもわかる。我慢できなくなってきて、声が大きくなった。だらしないぐらい甘ったるい声は、まるでティバーンにもっとして欲しいとせがんでるみたいだ。

「や…、そこ、そこ…だ、めだ!」

 ここか? 訊くように、ぐるりと舌が当たる。足りない。
 でも…これは……なんか………!

「ああ…あ……!」

 自分の出したはしたない声に驚く余裕もなかった。
 ティバーンの舌に潜り込まれたまま、握られた部分をゆるく扱かれる。滑らせた皮を使われて、そこから火花が散ったかと思った。
 濡れた音がする。どっちからかはもうわからない。
 もう力は完全に抜けてしまっていた。理性の端にわずかに引っかかった羞恥心が抗議してるような気がしたが、そんなもの聞こえはしない。
 逃げようとした腰を掴まれて、尻に触れたティバーンの鼻息に変な気持ちがこみ上げてまた泣きそうになった。

「や…あっ、ぁ…で、でる……ッ」

 降参だ。どうすればいいかも考えずに、たまらず掴まれたままのそれに手を伸ばしてもティバーンの手に遮られて、俺の腹の下にティバーンが自分を拭いた大きな手ぬぐいが押し込まれる。
 理由を考える間もなく、いっそううしろを広げられ、奥までティバーンの舌に潜り込まれた。

「……ッ!」

 そこから背骨になにかが鋭く走る。張り詰めていた緊張がすべて切れた。のけぞって晒した喉に汗が伝う。
 迸ったものを手ぬぐいが受け止めた。我慢できなくて、漏れた量が多い。
 失禁だ。最初からわかっていたように、ティバーンの手が俺のそこに手ぬぐいをあてがって受け止めてくれた。恥ずかしいなんて思う余裕もなかった。
 目の前に白い霧がかかる。
 腰が鈍く重い。なのにそんな部分だけが堪らなく敏感で、俺はティバーンの舌を締め付けた感覚に隠した翼も強張るほど震えて、知らない間に崩れ落ちていた。

「ネサラ?」
「………?」

 水だ。唇に落ちた水分をゆっくり飲むと、水差しを持ったティバーンが俺を抱き起こして心配そうに見ていた。

「すまん。刺激が強かったか?」

 え? なんだ? まさか、気絶したのか?
 驚いたが、一時のことだったらしい。まだうしろが甘い痺れを訴えてる。

「……やめたのか?」

 ぼんやりしてたから、物足りない気持ちがもろに出ちまった。
 言った瞬間あわてて口を塞いだけど、ティバーンにわからないはずがない。
 笑って言われた。

「やめてねえよ。でも、そろそろ新しい刺激が欲しいだろ?」
「そんなんじゃ…」
「恥ずかしくねえ。鴉は淑やかな分、閨では乱れるって聞いてるぜ。おまえがそうなのは本気でうれしいさ」
「そ…そんな話があるのか?」
「ん? まあな。鴉を抱くと、鷹はハマるんだってよ。入れあげてどうしようもねえらしい」

 ティバーンが使ってたらしい枕に顔を埋めて聞いていて、俺は鴉の民に伝わる話を思いだした。
 俺たちのところとは逆だな…。鷹の男と親密になると、鴉の娘は焦がれて泣き暮らすという。
 俺は男だから当てはまらないだろうが、どっちに伝わってる話も不吉だ。

「自分たちと違うからさ、気になるんだよな。秘密に人は惹かれるもんだ」
「あんたがそんなことを思うのは意外だ」
「そうか? おまえはいつもいろんなものを俺に隠してただろ? だから余計に気になったってのはあるさ」

 じゃあ…秘密がなくなった今は?
 聞く前に、口づけが降りてきた。

「……もう秘密なんてなにもないぞ。あんたには全部見られた」
「身体はな。そんな顔をするなよ。知ったからこういうことまでしたくなるぐらい、おまえに惚れたんだろうが」
「そうなのか?」

 また口づけられて、遅まきながらさっきまでこいつの口がどこにあったか思い当たった俺が慌ててティバーンの口をべちっと手で塞ぐと、それだけでわかったらしい。
 笑ったティバーンが俺の手のひらに口づけながら言いやがった。

「心配しなくても、水を飲んだし口も拭いた。大丈夫だろ?」
「な…中まで舐めるなよ…!」
「でも、気持ちよかったろ?」

 それは……「気持ちよくない」とは言えない。嘘はつきたくないからな。
 視線をそらすと、黙り込んだままの俺の顔がまた熱くなってきた。
 そんな俺に怒りもせずに笑ったティバーンが俺の躰を仰向けにして、さっきまで舌を入れていた部分にぬるりと指で触れる。なんだ?

「調合薬…?」
「今度こそ、中まで塗らせろよ」
「う…わ、わかった」

 この分じゃ、よっぽど根に持ってやがるな。ったく、机に出したのは俺だが、いつの間に?

「ぁ…ッ」
「まだ挿れてねえ。もうちょっと脚を開け」
「いやだ…!」
「俺しか見てねえよ」
「俺は、固いんだ。だから……」

 俺が訴えたことがわからなかったのか、ティバーンは無造作に股関節を広げやがって、俺は痛みに呻いて睨みつけた。
 ティバーンは笑うが、切実だぞ!? こいつの馬鹿力で無理やり開かれたらと思うとぞっとする。

「なるほど。けど、関節が固いのは良くねえぞ。怪我をしやすい。俺が解してやろうか?」
「いらん。だから痛いって…!」

 笑ったティバーンが開かせた俺の脚の間に身体を入れて、ちょんと鼻先に口づけた。同時に浅く、ティバーンの指が潜る。

「く……ッ」
「本当はな。おまえみてえに経験のねえヤツは、何日か掛けてここを広げなきゃいけねえんだぜ?」
「そんな…ヒマ、ない…!」
「いや、だからだな。いっぺんにしなくてもいいだろ?」

 意味がわからない。
 眉をひそめた俺が口を開く前に、ティバーンの腕が動いて慌てて視線を向けると、ずるずると二本も入れてきやがった。

「は…っ、な…なんか…ちが…ッ!」
「痛くねえだろ?」
「気持ち悪い…!」

 そう言ったらティバーンは噴き出したが、俺は笑えない。
 ティバーンの舌が入った時は、だんだんむず痒くなってきて、もっとされたいような、すぐにやめて欲しいような感覚があった。
 でも今はやめて欲しいだけだ。痛くはないが、追い出したくて堪らないような。

「指の方がツボに入るイイとこもあるんだってよ。まず指に慣れろ。慣れたら探してやる」
「抜け、気持ち悪いんだよ!」
「いいから慣れろって」
「ティバーン…!」

 俺は本気で怒ったのに、俺の中に潜り込んだ二本の長い指は、動かなかった。まるで指にまといつかせた調合薬をじっくりと馴染ませるように。
 本当に気持ち悪くて腹がヒクつく。これだったら痛い方がましなんじゃないのか?
 だが、この行為で主導権を握ってるのはティバーンだ。俺は自分でそれを放棄したんだから我慢するしかない。
 じわりと滲んでくる汗を感じながら目を閉じて唇を噛み締めていると、急に胸元に口づけられた。

「な、なんだよ?」
「おまえの乳首、綺麗な色だよな」

 いきなりなにを言い出したんだ? 首をかしげる前に、口に含まれた。

「や…ぁっ、なんでそんなとこ……」

 舐めて、吸われて、何回もそこから眉間に火花が移って、いつの間にか指が動き出したのにも気がつかなかった。
 中をこすられて、気持ち悪かっただけのはずなのに、だんだん変な熱っぽい疼きが這い上がってくる。
 乳首から唇が滑り落ちる。汗だかなんだかわからないもので、いつの間にか俺は全身びっしょりになっていた。

「おい、見るな…よ……」
「前はおまえがじっくり俺のを見やがっただろうが?」

 たらたらと、俺の代わりに泣きながら立ち上がって抗議しているようなそれを覗き込まれて文句を言ったが、……それは事実だ。
 だって、これが鷹の性器かと思ったら興味深かったんだ。俺は生涯誰ともこんなことをするつもりはなかったし、自分自身ではまったく衝動がなくて、こんなものを見る機会は二度とないんじゃないかと思ってた。
 あの時のことは断片的にしか記憶にないが、考えてみれば残ってるのは本当にどうでも良い部分ばかりだな。
 ひく、と無意識にティバーンの指を締め付ける。……やっぱり、さっきみたいには嫌じゃない。
 なんだ? それどころか、こう…じれったいような……。

「ふ…!」
「暴れんなよ。うっかりタマを噛まれたくねえだろ?」
「か、勝手にはねるんだが?」
「そうかよ。じゃあ俺が気をつけてやる」

 もう本体にぴったりと寄り添うぐらいの状態のそれを、笑ったティバーンが舌で掬い上げるように口づけた。一般に鴉のそれは鷹よりも小さい。俺のもそうだ。丁寧に左右を一つずつ含んでから、まとめてしゃぶられて身体がひきつった。ゆっくり口から出されて、今度は二つの狭間をゆっくりと舐め上げて行く。
 ちょ…ま、まさか…!!

「汚い!」
「尻の穴まで舐めた俺が気にすると思うか?」
「気にしろ!」

 そのまま本体まで口に含まれそうになってとっさに腰を引くと、力ずくで引き戻された。

「あ…う、ァーーー…!!」

 その勢いでうしろの指がいっそう深く入り込んで、今度こそ爪先まで踊った。
 ぐっと太い指の根元に広げられて、痛みよりも腰が抜けそうな甘い衝撃が走って、俺は信じられないような声を上げて身を捩った。
 どうなってるんだ? 俺は、どうした!?

「やべえ、あんまり興奮させんなよ。マジで我慢がきかなくなるだろが…ッ」

 俺を押さえつけたティバーンの声もかすれていた。
 脚を広げて、ティバーンの肩を掴んで、ひくつくような声の名残を漏らして端に追いやられた薄い毛布を掴んで身悶える。
 いきなり、指が動き出した。粘った水の音がする。俺のそこからだらしなく力が抜けたせいだとわからなかった。
 その刺激で込み上げた鼻に掛かった甘ったるい声を半分零して半分飲み込んでいると、震えながら早く楽になりたいと訴えていた俺のそれが暖かいものに包まれた。

「あ…え? ええッ!?」

 ティバーンの口に咥えられてる。見下ろした先の光景に頭を殴られたような衝撃で泣きそうになった。

「俺の王が、そんな、奴隷みたいな真似するなッ!」

 本気で怒鳴ったのに、心外だ、という目で睨み上げられてずるりと舌を滑らされる。それだけでまた達しそうになった衝動を堪えて、俺は両手でティバーンを俺の股間から引き剥がそうとした。
 それでやっと俺の気持ちが通じたか、ティバーンが俺のそれから口を離す。でも、それだけじゃ済まなかった。
 かっとなって本気で蹴りつけようとした脚が掴まれる。

「この…!」

 文句を言う前に足首に口づけられ、足の裏、甲も、最後には足の指の股まで舐められた。

「ティバーン…!」
「うしろ、ヒクついてきたぜ。わかるか?」

 言われると、どうしても意識が向く。ティバーンの指はもう、気持ち悪いだけのものじゃなくなった。それは確かだ。

「脚も好きそうだな。今度じっくりしてやるよ。でも今は、ここだろ?」

 前をやんわり握られて、うしろに力が入る。
 抵抗感が強い。うしろを舐められた時より嫌なのは、それをさせると俺がティバーンをないがしろにしてるような気がするからだ。

「手だけなんて足りねえ。俺がどうしてもしゃぶりてえんだよ」
「でも、俺はあんたのを舐めようとか思ってなかったぞ?」
「あー…まあ、それはそのうちな。してくれって言ったらやるだろ?」

 だが、やっぱり気にしないんだな。笑って言われて顔に血の気が上る。
 望まれたら、するさ。俺の王で、これからは伴侶にしようって相手なんだから。そう思いながらティバーンの股間を覗き込むと、やっぱり大きい。

「それは…もちろん応じるが、その……やり方は、教えてくれ」

 そんな答えでも満足だったらしく、ティバーンは笑って俺に口づけて、また俺のそれを咥えた。今度は深く…俺の、すべてを。

「あ…あぁ……」

 噛まれるかも知れないなんて、一瞬も心配しなかった。温かく湿った粘膜が俺の表面を滑り降りて、それ自体も心地良かったが、ざらついた舌の表面でもたついた包皮に守られていた部分を擦られて、それだけで出しそうなぐらい俺は反応した。ティバーンが調整しなかったら、俺は何回だって達しただろう。
 そのままティバーンの頭が上下する。大腿の柔らかい皮膚に固い髪が当たってくすぐったい。割れた表面の穴を尖らせた舌の先で抉られて、悲鳴よりも先に涙が出た。
 痛いんじゃない。でも、刺激が強すぎて意識がついていけない。
 いつの間にか、俺のうしろを攻略するティバーンの指の動きが激しいものになってるのにも気がつかなかった。

「やめろ…やめ…も、もう無理だ…ッ」

 意味のある言葉で訴えていられたのも、最初の数分にも満たない。
 きつく吸われて出しそうになったのに、また無理に止められる、自分の手がねだるようにティバーンの頭を抱え込んでることにも気がつかなかった。
 うしろの狭い部分が明らかに柔らかくなった。嘘だろう?
 何度かティバーンの指がなにかを掠めて、その感覚を掴む前に遠ざかる。そのくせ、繰り返す。わざとだ。
 じれったくて本気で泣いた。子どものように無防備に。
 やめないで欲しい。意地悪するなよ。ちゃんと、触れよ…!
 言いたいことはいくらでもあったのに、俺の口から出るのは激しく乱れた息と、嗚咽と、哀願だけだ。
 なにをされたって俺は感情を表に出さないことに自信を持っていた。でも、そんなのはまやかしだ。ティバーンが俺に与える刺激は理屈じゃない。

「あぁああ…ッ!!」

 最後にはまた失神しそうになったところで、やっと焦れったいばかりだった長い指がそこにはまる。
 俺のそれを咥えたままのティバーンの喉が大きく上下した。自分が射精したことにも気付かずに、俺は長い悲鳴を漏らしてティバーンの指をしめつけ、もっと奥へと引き込みたがった。
 最初は違和感しかなかったのに、どうしてこんなに堪らないんだ?
 ―――気持ちいい。この感覚がそうなのだと気がついたら、理性なんてなんの役にも立たない。
 尿道に残ったものまで、すべて吸い取ったティバーンが綺麗に飲み込んで顔を上げた。

「わかるか? ここがずるずるになってるのは調合薬じゃないぜ? おまえが自分で濡れたんだ。こっちだけでもいけそうだな?」

 ティバーンの声が低い。
 俺の涙を拭って、また首を舐められる。堪らず縋った筋肉質の広い背中が汗で濡れていた。汗の匂いが強くなって…苦手な匂いだったはずなのに、どうしたんだ?
 もっと、強くなって欲しい。嗅いでいたい。無意識に腰が揺れた。
 それより、苦しそうなティバーンが心配なのに。

「ど、どうした…?」
「いや、ちょっとな」

 顔を上げて俺を見て、苦笑して…額に口づけられた。俺からねだっても、応じてくれない。
 文句を言う前にティバーンが水を飲んで、やっと唇に口づけてくれて、俺はそのままティバーンを抱きしめようとした。
 でも、その前にまた苦しそうに息をついたティバーンが離れてしまう。

「ティバーン?」
「悪い、握ってくれ」

 自分から離れたくせに、今度はまた俺を抱きしめてきたティバーンが、切羽詰ったような声で囁いた。
 俺の手がそっとティバーンのそれに導かれる。
 固くて、すごく大きい。俺のと同じだな。脈打っていてとろとろだ。
 どうすればいいのか考えてちょっと握ると、呻いたティバーンがなんとか落ち着こうとするように息をつく。大きな翼が部屋の空気を乱して、小さな羽がまたはらはらと落ちてきた。
 ぐっと俺のうしろが受け入れた指が動いて、俺も息が詰まる。

「しないのか…?」

 訊いただけで、手の中のティバーンがぶるりと震えた。出したいんだよな。わかってる。
 なんだかほっとした。こうなったら我慢できないのは俺だけじゃないんだな。
 だが、ティバーンが俺と違うところは、この衝動を自力でやり過ごせるところだろう。
 息は落ち着かないがうっすらと目を開けたティバーンが、俺を見て笑う。

「してぇけどよ、まだ無理だろ。負担が大きい。だから、悪いが手で抜いてくれ」
「口は? 歯は抜いてないけど、噛まないぜ」
「怖ぇこと言うな。……楽しみにとっとくぜ。またしてくれるんだろ?」

 そう言って触れるだけの口づけをされて、俺は自分からティバーンを引き寄せてぺろりとティバーンの唇を舐めた。
 そろそろヒゲが伸びてきていてちくちくする。でもそんな頬にだって口づけられる自分が不思議だ。

「おまえの舌は柔らかいな」
「だから、きっと気持ちいいぞ?」
「だろうな。じゃあ、白状しよう。今咥えられたら一気に出ちまいそうで、こっ恥ずかしいんだよ。もっと味わいたいじゃねえか」

 だったら、何回だってすればいいだろうに。
 そう言おうと思ったんだが、ティバーンがたぶんすごく無理をして笑ってることはわかったから、俺はただゆるゆると手を動かした。
 すぐにティバーンの息が詰まる。
 先端だったか? 俺のと違って剥き出しだし、形も違うが、俺が気持ち良かったところをすればいいんだよな? 皮は…これ、どう使うんだ? わからん。

「く…!」

 俺を抱えていたティバーンの腕が外れて、きつく寝台を掴んだ。逞しい腕が震える。俺の上にティバーンの汗が落ちて、動かなくなった身体の中の指の形を、はっきりと意識した。
 指が抜ける。ティバーンが本当にしないつもりなのがわかった。
 あれが痛かったのは事実だが、中途半端なのは嫌だ。

「ティバーン……」

 手を止めて呼ぶと、ティバーンがまた目を開けて俺を見下ろす。「どうした?」と訊くかわりに、また笑った。

「一応はっきり言っておくが、俺は初めて…じゃないな。二回目なんだ」
「あ?」
「一回目はまあ悪かったと思ってる。でも、今回は……その、記念だろう?」

 クソ、改めて言うと恥ずかしいもんだな。
 真面目に説明していくうちに、目を丸くしていたティバーンの表情がだんだん苦笑に変わっていく。

「俺も正直に言う。最初は痛かった。だから、いくら責任を取る気になってもあんたに求婚する時は俺だって覚悟がいったんだ。その覚悟を、ちゃんと受け取ってくれないか?」

 そう言い終わると、俺は黙ってティバーンを見つめた。ティバーンも俺を見る。
 気持ちが伝わらなかったら、もちろん無理強いはしないつもりだったとも。俺はティバーンを傷つけたいわけじゃない。
 セリノスを発つ前、ウルキに言われた。ティバーンは傷ついたと。
 俺がつけた傷だ。いっそ消えない傷痕になってやりたい。そう思ったのは事実で、何重にも傷を重ねて、結果としてこの男が俺の前で泣くまで追い詰めた。
 そこはまあ、反省してる。絶対に言わないがね。
 いっしょに生きよう。そう決めた。
 セリノスに帰ればお互いすぐに仕事に戻るから、次はいつこんなことができるかわからない。握っていたティバーンのそこは、素直に訴えてきた。
 手じゃないだろ、俺の中に入らせろって。
 俺が入ってきてもいいって言ってるんだから、いいんじゃないか?
 沈黙は、長くはなかった。
 ただ強情な俺の視線を受け止めていたティバーンが優しいため息をついて、俺を抱きしめた。

「ネサラ……いいんだな?」
「さっきからそう言ってる」
「そうだったな。はは、いつだって覚悟が足りねえのは俺ばかりだ」

 一体、なんのことだ?
 首をかしげて見上げると、ティバーンは「なんでもねえ」と笑ってまた調合薬の瓶を開ける。今度は、自分のものにも、俺のうしろにも直接流し込んだ。
 こんな高価なものを何回も使うなよ。そう言いたかったが、とても口に出せない雰囲気だった。

「ん、…んん……」
「ずいぶん柔らかくなってる。力を入れなきゃ大丈夫かも知れねえな」
「……あんたにだけだからな。この俺が、こんなこと……」
「わかってるさ」

 腰の下に枕を入れられて、脚を広げて抱えられた。また指を入れて広げたそこに、ティバーンの先端が当たる。
 恐くはない。ただ、緊張感は残ってたけど、わけがわからないうちにされるよりは、絶対にいい。覚えていたいからだ。

「前から入れるのか?」

 広げられた股関節も辛いが、このままじゃ顔を見られる。痛くても顔に出さなけりゃいいんだろうが、なによりも恥ずかしいだろ。
 そう思って訊くと、ティバーンはまた俺の鼻先に口づけて笑いやがったんだ。

「ちゃんとおまえと繋がるんだ。顔を見ていたいんだよ」
「……俺の意志は無視か」
「おまえも俺の顔をじっくり見とけ」

 憮然と言ったが、ティバーンは取り合わない。少し体重が掛かって、先端に開かれて、躰が竦む。

「ネサラ…おまえのここ、期待してざわついてる」
「う…うそだ…!」
「嘘なもんかよ。ほら、触ってみな」

 ぐいと引かれた手が、そこに触れた。ティバーンの大きなものが押し広げようとしてる部分だ。……ひくついてる。
 羞恥で身体が燃えるかと思った。

「息を吐け」
「…………」
「泣くな。本当に痛かったらいつでも俺は引いてやる。今じゃなくていい。時間を作って馴らして、ゆっくりすればいいんだ」

 こんなに我慢させてるのに、それは嫌だ……。
 本当は、言いなりになりたくない。恥ずかしい。見られたくない。ちょっとだけ、怖い。
 いろんな気持ちがごちゃまぜになったけど、なによりもティバーンを満足させたい。
 その気持ちだけで俺はぎこちなく息をしてそこの力を抜こうとした。でも、上手くできない。

「ティバーン、ど、どうしたら…どうしたらいいんだ?」
「泣くなって。緊張するなってのも無理だろうが」
「でも…」
「ちゃんとできるさ。ほら、こっちに集中してろ」
「…!」

 俺の手を離したティバーンが、あやすように俺の前を握る。教えられたばかりの弱いところ…先端の割れた部分を指の腹で撫でられて、嗚咽より先に大きなため息が漏れた。
 その刹那、うしろから湧き上がったのは灼熱感だ。

「あ…?」
「先端を抜けりゃ、楽になるぜ」
「あ…ん、ん……」

 薄く開いた目に、苦しそうに、でも笑うティバーンの汗まみれの顔が見える。
 脚を広げるティバーンの腕の力が強くなった。
 灼熱感が広がる。奥へ…俺の中へ。
 あぁ、そうか……。ティバーンだからな。やっぱり、ティバーンはこんなものまで熱いのか。
 ぼんやりと考えていたら、その灼熱感が時々引きながら深くせり上がって、やがて腹の中がいっぱいになって苦しくなった。
 俺がティバーンを受け入れた証拠だ。
 喘ぐように必死に息をする俺の上に、ティバーンの顎から滴った汗が落ちる。俺だって汗だくだ。

「やべえ、俺、出ちまうかも知れねえ…」
「出せば…いいだろ? あんた、ずいぶん我慢してたんじゃないか…?」

 繋がって最初の一言がこれか。俺たちの始まりらしいな。
 笑いそうになったけど、そう言うとティバーンは眉をしかめて息をつき、軽く腰を揺すって言いやがった。
 とんっと奥に当たられた感覚がして息が詰まる。

「おまえをイかせるより俺が先ってのはどうもな」
「俺は、もう二回ぐらい出したぞ?」
「そっちじゃねえよ」

 揺する幅が少し大きくなって、だんだんどうしていいかわからなくなってきた。
 な、なんだ…?

「ネサラ?」

 変な感じがする。落ち着きをなくしてティバーンの肩を掴んだ俺の顔を、ティバーンが心配そうに見下ろした。
 いや、心配されたってな。俺も自分がどうなったかわからない。

「どうした?」
「いや…なんか、苦しいんだが…変な感じが……」
「変?」

 真面目に分析していたら、ティバーンが大きく身を引いた。内臓ごと神経が引きずられて、ぞくぞくと震えが走る。

「ティバーン、どうしよう…!?」
「あ? どうしたんだよ?」
「俺、痛くない…ような気がする」

 そこの神経、ティバーンが入った衝撃で死んだんじゃないのか!?
 一瞬焦ったんだが、俺の言葉を聞いたティバーンは押し黙って、俺の肩に頭を乗せ、……心配したのに。もう我慢できないとばかり笑い出して、むっとした俺の前髪をかき上げて言ったんだ。

「そいつァ良かった。じゃあ、きっと気持ちイイぜ」

 また入ってくる。今度は、さっきより少し深い。

「根元まで行けそうだな。……入った瞬間出しちまったらすまん」
「な…なんでもいいッ」

 押し上げられて、息が漏れる。ティバーンが気持ち良くなったらいい。そう思ったからそう言ったはずだったのに、緩慢に前後に動かれて俺自身の腰が揺れた。
 わかってる。これは、好奇心だ。
 上ずってきた声が、無意識にティバーンを誘う。

「ティバーン……」
「奥、いいか?」

 さっきは怖くなって泣いたくせに、今度は自分でも驚くほど甘ったれた声で呼んじまった。呆れたんじゃないかと思ったが、ティバーンの声は優しい。
 こくりと頷くと、もっと脚を広げられ、これ以上はないだろうと思っていた奥をもっと押し上げられた。

「あ…!」
「きつい、か…ッ?」

 限界まで広げられたうしろに、固いティバーンの茂みが当たって擦れる。
 内臓がせり上げられたような気がした。

「クソ、悪ィ…!」

 苦しくても我慢しよう。そう思ったとたん、ティバーンが大きく震えて俺の上に崩れ落ちる。
 同時にうしろの圧迫感が少し引いて、俺はほっと息をついた。

「ティバーン…終ったのか?」

 確かに痛くなかったな。そう思って訊いたんだが、ティバーンは腰の震えも収まらないうちに腕立ての要領で起きて、なんだかバツが悪そうに答える。

「いや、終ったといえば終ったんだが、一応これからが本番でな」
「お、俺はもう満腹なんだが?」
「俺はまだ一回しか出してねえ。いやじゃなかったら付き合え」

 そう言って大きな手が俺の身体を撫で回し始めて、俺は落ち着かなかった。
 乳首を撫でられるとどうしても声が漏れる。脇の下にも口づけられた。わき腹を撫でながら首に噛み付かれて、きつく吸われて高い声が出た。
 それって楽しいのか? 本当にもう全身に汗をかいてるからやめて欲しいのに、ティバーンはまったく気にした様子がない。
 うしろに入ったままのティバーンの存在感は、それほど変わってない。それどころか、じわじわとまた大きく、固くなってきた。
 俺はなにもしてないのに、不思議だな。どうしてなんだ?

「ネサラ、ここ、痛いか?」
「痛い…!」

 うしろじゃない。股関節だ。ティバーンは背も高いが幅もあるし、なにより重い。
 辛くなってきて身を捩ろうとしてるのを見てわかったのか、ティバーンが俺の鼠蹊部の緊張を解すようにぐっと揉んだ。

「そ、それはくすぐったいからよせ! 気持ちよくない!!」
「そうかあ? ……ま、いっぺんに開発するのもな。わかった。じゃあもうちょっと楽な姿勢にしよう」

 そう言うと、ティバーンは繋がったまま俺の身体を横向きにして足を抱える腕を変えた。でも、まだ苦しい。結局落ち着いたのはうつ伏せだ。

「そ…そこだけ高くされるのは恥ずかしいんだが」
「おまえ、身体が固過ぎるんだよ。柔軟しろ、柔軟!」
「だって、必要なか…あッ」
「これからは必要だぜ? 俺は、おまえの顔を見ながらしたい。座ってやってもいいが、奥まで入り過ぎたらまだ苦しいだろうからな」

 言われた言葉の意味がわからない。
 でも、問い返す前にティバーンに動き出されて、俺の口から出たのは必死に押し殺した声だけになった。
 恐ろしく深くまで、ティバーンに侵略されている。もう暴かれるものなんてなにもない。
 内臓まで覗かれた羞恥心と、生理的な嫌悪感と、こんなところまで見せる相手を得たんだという実感と……。そこだけが熱い、妙な感覚がごちゃまぜになって襲い掛かって来た。

「ティバ…ティバーン…!」
「痛いか? 悦くねえか? どうだよ?」

 訊かれたって、わからない。
 ただ、痛くはなかった。辛いのとも違う。
 きつく目を閉じると、意識が研ぎ澄まされていく。
 突かれる度に押し出されるような俺の息と、ティバーンの息と…遠くから、潮騒の音が聞こえた。

「あ…あぁ、あ…!」

 さっきまで小刻みだったのに、濡れた体内をずるりと大きいものに限界まで引かれて、甲高い声が上がった。
 ぼんやりと開けた目に窓が見えた。
 月だ……。今夜は天気が良いから、きっと月が綺麗だよな。海に浮かぶ月をゆっくり見たことないから、見たかったのに。

「そこ…やめろッ! や、め…」

 何度か鋭く抉られて、ぞくぞくと走る悪寒に似た衝動に俺は悲鳴を上げた。
 せっかくなんだ。ティバーンと見たかった。
 夜の海は真っ黒で、墨のようで恐い。でも、今なら落ちついて見られるような気がするから。
 なのに、言い出せないままこんなことになった。だって、こんなに大変なことになるなんて思ってもなかったから。俺の知ってることとはまったく違ったから。

「た…頼むから、やめろ…! ヘンになっ…ぁああ!!」

 自分で出してる声が他人のものみたいだ。俺だって自分がこんな声を出すなんて知らなかったさ。しょうがないだろ。

「やめて欲しいか…?」

 ぐっと大きく引いて最奥まで突き込まれてじっくりと押し上げられて、全身の皮膚がざわめいた。背中に口づけたティバーンの唇に誘われて隠した翼が具現する。細かく震える翼も完全に膨らんでいた。これが、返事みたいなものだ。
 低い声で訊いたティバーンが満足そうに笑って、丁寧に、ゆっくりと俺の翼の羽根の一本一本を撫でた。

「おまえの中、熱くて狭くて…たまんねえ。俺は気持ちいいぜ」

 受け入れたそこが立てる粘った水音が耐えられない。それがティバーンがさっき出したもののせいだとははっきりわからなかった。寝台が可哀想なぐらい軋んで、心配だ。
 でも、もうほかのことは考えられなくて……。
 俺はただひたすら、俺の中を蹂躙するティバーンの形に、熱に翻弄されていた。
 俺は確かに正気じゃなかった。でも、覚えてる。
 あの時は、本当に痛いだけだった。
 同じ…同じことをしてるはずなのに、やり方を変えたらこんなに違うなんて知らなかった…!
 ティバーンが俺の奥に押し付けて、緩く円を描く。俺の顎が上がって、息が忙しなくなった。泣きたくないのに、涙が出る。
 だんだん、意識が霞がかってきた。理性が飛ぶ。押さえが利かなくなって、俺があられもない声を上げてそばに見えたティバーンの腕にしがみつくと、ティバーンの動きがいっそう激しくなった。
 腹が破れるんじゃないかって恐怖と、ずっと我慢していたティバーンの凶暴な情動を叩きつけられて、震えが来るほど歓喜した。
 そうだ…。遠慮なんか、して欲しくない。俺の身体はそんなに弱くないだろ。
 優しいだけのティバーンじゃなくていい。
 腹が立ったら、嫌になったら俺はちゃんと言うからだ。

「ネサラ、ネサラ…!」

 切羽詰った声で呼ばれて、俺は答える代わりに力がこもって固く筋が浮いたティバーンの腕に唇を寄せた。
 ……しょっぱい。ティバーンの汗だ。
 それがあの薬のように俺の神経をおかしくする。
 翼が震えた。黒い羽と、緑がかったティバーンの羽がランプの明かりの中、混ざり合って落ちてくる。
 自分の声はもう、意識の外だ。意識の中に入れたら羞恥で死ぬ。
 これがよがり声なのだと、最初は自覚できなかった。
 うしろが熱い。そこからぐずぐずに溶けちまいそうだ。火がついて燃えたみたいにその熱が全身に広がってきた。指先にも。爪先にも。
 もう力が入らない。俺は鴉で、確かに両性の名残は持ってるが、でもここは違う。入れるための部分じゃないのに。
 いつの間にか俺もティバーンを呼んでいた。
 回らない舌でなにか訴えていたけど、語尾は頼りなく泣き声のようにかすれて消える。
 最後の最後、腰を持ち上げられて、もうこれ以上入らないはずなのに。
 ティバーンを必死に喰い締めた部分を強引な指にさらに広げられて限界まで押し付けられ、俺は爪先から翼の先まで強張って、もう薄くなった精液を吐き出した。
 ティバーンも俺の背中に添うようにして、俺の奥に吐き出す。

「う…ん、ん…っ」
「ネサラ……」」

 ティバーンの手に最後の一滴まで絞り出されて、俺はきつくティバーンをうしろに引き込みながら終わった。
 あぁ…暖かいな。腹の中が、ティバーンでいっぱいだ。
 やけに気持ちよくてうっとりしていたら、もう少し入っていてもいいのに。
 ティバーンがうしろに濡れた手ぬぐいをあてがいながら柔らかく戻った身を引いて、ごぼりとれたものよりも濡れた手ぬぐいの冷たさが不快で俺は眉をひそめた。

「うしろ、ちょっと締めてろよ。…って、無理だよな。待ってろ」

 喉が痛い。乾いた咳をする俺に水差しを渡してから、ティバーンがまた新しい手ぬぐいを引っ張り出してきた。

「どうした? 飲めよ」
「……グラスがない」
「あァ? そんなもん、直接飲みゃあいいだろ。貸せ」
「おい…!」

 うしろの下に乾いた手ぬぐいを敷いてから引き起こされて、どっと中からあふれ出てくるのがわかった。
 こんなに出されたのかと思ったら感心するような、驚くような…微妙な気持ちになる。
 でもその始末をティバーンにさせるのは恥ずかしい。
 抗議しようとしたが、ティバーンは自分で水を飲んで俺に口づけた。…違う。口移しに水をくれたんだ。
 ……一口飲むと、ずいぶん落ち着いた。

「血は出てねえ……よな。痛くねえか?」
「うしろか? 痛く…ないと思う。まだあんたが入ったままみたいな感じがするけど」

 うしろを何度も拭いながら訊かれて答えたけど、自分でもはっきりとはわからなかった。
 とりあえず、今は痛くない。ただぽってりとした熱さが残ってるだけだ。

「そりゃあしょうがねえな。ちょっと力んでみろ。鴉はこれで腹を下さねえとは聞いたが、一応全部出した方がいい」
「出せって言われても…」
「そのために手ぬぐいを敷いたんだぜ。ここが便所だと思えばいいじゃねえか」
「お、思えるかッ!!」

 どうしてこの男はこうも無神経なんだ!?
 飛び上がって文句を言ったが、ティバーンはきょとんとしただけで俺がどうして怒ったのかわからなかったらしい。
 ………責任は取るべきだと真剣に考えたから求婚もしたし、こんな行為にも応じたんだが、早まったかも知れん。
 真剣に後悔し始めた俺には構わず、また俺が神経質なことを言い出したとでもいった感じでさらりと流される。

「まあ、怪我がねえなら良かった。汗だくだろ。流しに行こうぜ」
「これから? ……だるいんだが」
「抱えて行ってやるよ。このまま寝てみろ。朝大事なとこがガビガビになるぜ?」

 ……どんな状態なんだ、それは?
 首をかしげた俺に笑って、ティバーンがほとんど乾いた俺の髪を少し高い位置でまとめる。
 それからまた窓を開けて連れ出された。二人とも裸のままだ。とんでもない!

「ちょ、おい…! 裸だぞ!」
「誰もいねえよ。月明かりだけだろ。それに、フェニキスの夜はもうそこまで肌寒くもねえ」
「で、でも…!」
「やっぱりな。月明かりの下で見てもおまえの肌はちゃんと浮かんで見える。そそられるぜ」

 慌てて羽ばたいて離れると、ティバーンは目を細めてそんなことを言いやがった。
 ……俺の目は、鷹であるティバーンより弱い。だけど今夜は大きな月が出てるから、戦士なら憧れずにはいられない見事な肢体がはっきりと見えた。
 がっしりした肩から広くて厚い胸板、腰は引き締まっていて、腹にはくっきりと筋肉の影が見える。腕も脚も鳥翼族なのに逞しくて長い。理想的な男の身体だった。

「なんだよ。熱い目をしやがって。見とれてやがるのか?」
「あんたに見とれない奴なんかいない」

 しみじみと思って言ったのに、ティバーンはびっくりしたように息を呑んで、頭を掻き、なにやら片手で顔を覆って呻いていた。

「ティバーン、どうした?」

 そんなことされたら、心配になるだろ。ゆるゆると近づくと、ぐいと腰から引き寄せられる。
 涼しい風を受けて汗は引いたけど、まだ裸だ。体温の高い素肌に触れられて、そこから自分が溶けるんじゃないかと思った。

「おまえ、本当に俺を口説くのが上手いな」
「え? 口説いてないぞ? 正直に言ってるだけだろ。もう嘘をつく必要もないんだし」
「そうなのか?」
「ついて欲しいのか?」

 もっと抱き寄せられて、素直に身を任せて尋ねると、ティバーンは「まさか」と笑う。
 やけにうれしそうに笑ったティバーンが俺の髪に鼻先を埋めて、くすぐったそうに笑った。
 そんなティバーンを見ていたら、俺もおかしくなってくる。二人でひとしきり笑って、目が合って、初めて自分から口づけた。
 ティバーンがびっくりしたように目を丸くしてたけど、散々奪われたのは俺の方なんだから、構うものか。ティバーンに断る権利はないし、認めない。

「…いやだったのか?」
「まさか。うれしかっただけだ」
「じゃあ、うれしそうな顔をしろよ」

 それでも気になって訊いたのに、ティバーンはまた笑って俺の頭を撫で、後頭部を掴んで引き寄せる。
 結局自分から仕掛けないと気がすまないのか? とことん、自分勝手だな……。
 でも、この強引さは「王」らしい。

「胸がいっぱいでな。本当にうれしいんだが、どんな顔をすりゃいいのかわからねえんだ」
「……そうか?」
「ああ。クソ、もっとおまえの中にいりゃ良かったな」

 いれば良かったのに。
 そう言おうか迷ったが、先に口づけられて、なんだか恥ずかしくなって俺は黙った。

「見ろ。夜の海だ」
「………」

 そうやって夜空に浮かんだまま何回も口づけを交わして、離れて、抱きしめてるのか、抱きしめられてるのかわからなくなったころだ。
 気がついたら、俺たちは水場を大きく外れて海にまで出てきていた。
 潮の匂いがして、墨のように黒い海面に、月が反射してる。うっすらと、そこここに白い波頭が見えた。
 ……不思議だな。ティバーンには「見たい」なんて言わなかったのに、こうして二人で夜の海を見てるなんて。
 今夜は風もほとんどなくて、静かな潮騒が優しく聞こえた。
 俺にとっては夜の海は、ただ恐怖の対象でしかなかった。俺を飲み込む、この世界の真っ黒な口のようで……。
 いや、違う。

「どうした?」
「怖くないな……」
「ん?」
「怖くない」

 ティバーンといるからなのか、向き合う俺の気持ちが変わったからなのか。本当に不思議だ。
 ただ、一つだけわかった。

「夜の海を何度も飛んだ」
「……そうか」
「真っ黒で、星も、月もない夜もあった。嵐の夜もあった。俺の翼は普通の鴉より強いかも知れないが、でもやっぱり鴉だ。方向を間違えて沖に出過ぎたら、もう帰れない。泣きたくなっても、いざそうなったらうっかり流した涙の分の水で生死が分かれるかも知れない。……泣けなかった」

 そういえば、俺はどうしてこんなことを言ってるんだ?
 暗いせいか、なんだか素直な気分だ。あんな醜態を晒して、身体中すべてを見られた。それもあるだろう。俺は自分でも驚くほど正直に話すことができた。
 淡々と話すと、黙って話を聞くティバーンの腕が俺にきつく回される。

「生きてて良かった。どうしてあんなに夜の海が恐かったんだろうと思ったら、あの黒さがまるで大きな鴉が沈んでるからのような気がしたからだな」

 死んでいった鴉王と、同胞たち―――。俺も、あの中に沈む。
 情けないな。もしかしたら俺は、同胞が恐かったんだろうか? たぶん、違うと思うが…わからない。
 参ったな。まさか俺は、キルヴァス王の肩書きが本当に重かったのか?
 いや、重かったのは事実だが、それを嫌だ、やめたいなんて思ったのは本当になったばかりのころだけなのに。
 あの時も辛かったからじゃない。
 ルカンたちに打ちのめされて、初めて泣きながら帰る途中の夜の海に、頼りなく弱い王を詰る同胞の怨嗟の声を聞いたような気がしただけだ。
 もちろん、それは俺の思い込みだったんだろうが……。それでもな。
 いくら泣いて帰ったって、もう俺を助けられる者は誰もいない。俺がすべての民の不安を慰めて、守らなくちゃならない立場だったのに、王としての自覚が乏しかったんだな。
 情けない話だ。

「もう、その鴉はいねえだろ?」

 そっと囁かれて、俺は少し考えた。
 …………そうだな。そうだと…いいな。
 たとえそれが過ぎたことでも、いや、過ぎたことだからこそ、自分の弱さに向き合うことは辛いし、苦い。
 でも、悪くないな。
 まさか俺が誰かにこんな本音を漏らす日が来るなんて、思いもしなかったがね。

「来てみな。夜の海ってのがそんなに悪くねえもんだって教えてやる」
「え? ど、どうするんだ? もぐるのは嫌だからな」
「上から見るだけだ。恐い思いはさせねえよ。俺がついてるだろ」

 そう言ったティバーンがまた俺を左腕だけで抱き上げて海に向かう。逞しい首にきつく腕を巻きつけると、なだめるように大腿を撫でられた。

「砂浜が狭くなった……」
「キルヴァスには砂浜はほとんねえから珍しいだろ。丁度満ち潮だ。大潮の夜はもっと狭くなるぜ。そら、この下を見てみな」
「なんだ…? 光…!?」

 海の底から、緑や青を帯びた不思議な光が漏れていた。ここは浅いのか、海底の真っ白な砂の影がゆらゆらと揺れて、うっすらと珊瑚まで透けて見えて……本当に、息を呑むほど美しい。
 周りが真っ黒いから、そこだけが余計に目立つんだ。

「どうだよ?」
「綺麗だ…あれはなんだ? 知ってるのか?」

 吸い込まれそうな気がしてもう少し下に行きたいとせがむと、ティバーンが海水に足がつくぎりぎりまで降りてくれた。

「藻だよ。よくわからんが、夜になったらぼんやり光るんだ。あと、クラゲだな」
「クラゲ…? 刺されたら危ないんじゃないか?」
「ああ。ガキのころ探検してまんまとやられた。三日寝込んだな」
「だから、自分でいきなり潜らずに、どうして大人に訊かないんだ!?」
「俺は自分の目で確かめたくてしょうがねえガキだったんだよ」

 わかる気がする。しかし、本当によく無事に育ったな…!
 呆れてため息をついて、思いついた。そうか、もしかして……。

「いつもヤナフとウルキがいっしょだったのか?」
「あ?」
「あんたが冒険する時だ」
「ああ…そうだな。つるんでたな。俺もヤナフもまず突っ込むだろ? ウルキはその点冷静で、何回あいつのおかげで命拾いしたやらわからねえぜ。ははは」

 ……笑いごとじゃないと思うぞ。
 そう思ったが、言ったってわからないだろうな。
 今でも大口を開けて笑う顔はガキ大将そのものだ。本当に、得な性格だよ。
 この俺でさえ怒る気になれないんだから。

「でも、どうだよ? 綺麗だろ?」
「……そうだな」
「夜の海はおっかねえ。俺だって同じだ。でも、そればっかじゃねえとこもある」
「わかった。もう一人で夜の海に出ることはないだろうが……」

 そう呟いてティバーンに巻きつけた腕の力を強くすると、ティバーンも両腕で俺を抱きしめてくれた。

「闇雲に恐れることはもうない。あんたと見られたからな」
「そいつァ良かった。じゃあ、身体を洗ってさっぱりしようぜ。またうしろから出て来ちまった」
「う、上手く締められないんだ」
「わかってるって。俺のでこじ開けたからな。けどまあ、朝には閉じる。開きっぱなしにはならねえから安心しな」

 そう言って笑ったティバーンがまた水場に行って、冷たい水で身体を流して、俺の方は中まで洗われてから、もう一度あの部屋に戻った。
 さすがにティバーンの部屋の手ぬぐいは使いきったらしい。ヤナフの家から調達してきやがって、そんなものにまで心を込めて縫い込まれた、…ヤナフの母上なんだろうな。その刺繍を見て、心苦しくなった。
 だって、こんなことの後始末に使うなんて…申し訳なくないか? 俺がそう言っても、ティバーンは「ヤナフのお袋は、俺のお袋みてえなもんだ」なんて言って、ちっとも気にしてない。

「ティバーン……適当でいい。眠いんだ」
「もうシーツをひっぺがしたあとだ。もうちょっと待ってろ。おまえの寝台みてえに絹のシーツじゃねえが、ちゃんと洗ってあるやつだからな」
「べつになんでもいい」

 元々こういうことはすべてニアルチがしていたし、なによりもだるいから俺は椅子に腰掛けて待っていただけだが、ティバーンは王のくせにずいぶん慣れてるんだな。

「そら、終わったぜ。来いよ」

 手際よく寝台を綺麗にして、俺を呼ぶ。でも、とても立てない。
 正直に甘えるのもな……。数秒思案したところでこっちに来たティバーンがまた俺を抱えて寝台に横たえた。

「さすがに狭いよな。これでも部屋の広さの割にでかい寝台を作ってもらったんだが」
「あんたは寝相がいいし、大丈夫じゃないか?」
「そうか? おまえが嫌じゃねえならいいんだが」
「いい。この方があったかいだろ……」

 駄目だ。眠い。
 ティバーンがランプを消して、いよいよ辺りが真っ暗になる。
 水を浴びたのにもう体温を取り戻したティバーンに抱き寄せられて、俺の意識にすぐに甘やかな霞がかかった。
 肩口を枕にすると、額に伸びかけたティバーンのヒゲがちくりと当たる。逞しい喉元に鼻と口を埋めたら、いかにも男らしい匂いがした。その匂いがより強く俺を無防備な眠りに誘う。
 けれど、ばさりと上から掛けられた大きな上掛けでティバーンの母上の存在を思い出して、少しだけ胸が痛くなった。
 一体どんな人だったんだろう? 愛した息子の部屋に俺がこんな風に泊まって、嫌じゃないだろうか…?
 でも、そんな不安もすぐに消えた。

「そういや、この部屋に泊めたのはあいつら以外じゃおまえが初めてだな」

 それがヤナフとウルキなのはすぐにわかる。ぼんやりと目を開けても、もうティバーンの顔は見えなかった。
 ただうれしそうに笑いながら髪の中で囁かれて、痛んだはずの俺の胸がほわっと温かくなる。

「お袋に会わせたかったな。きっと、大事にしろって言われたさ。お袋は結婚には興味なかったが、俺にいつも言ってた。大事なもの、大事な人は離すなって。おまえを見たらたまげるぜ?」
「鴉の男だからか…?」

 卑屈になったわけじゃないが、眠気が混じって声に元気がない。でもティバーンは余計な気を回したんだろうな。大げさなぐらい「違う!」と否定して、今度は俺のこめかみに口づけて言った。

「なんてったってあの『鴉王』だぜ? しかも、こんなに綺麗だ」
「………綺麗は女に言えよ………」
「おまえは綺麗だよ。なにもかも。なにより、可愛い上に気が強くて腕っ節も強い。最高だろ?」

 可愛いもいらん。だが、もう言葉にならなかった。

「ゆっくり寝な。明日は朝から俺がフェニキス流の飯を作ってやるよ」

 そう言ってティバーンが俺の髪を撫で下ろす。……気持ちいい。
 あんなに激しい行為だったのに、本当に怪我もしなかったのか、身体のあちこちに残ったのは甘い余韻だけだ。心地良い疲れが四肢に絡み付いて、気だるい。
 ティバーンは俺の部屋に帰って来て欲しいと言ってたな。俺も今はちょっとそうしたい気がしてきた。
 ……俺の部屋は……べつにいいんだが、できれば俺だけのものにしておきたいのが本音だな。俺だけティバーンの領域を侵して自分のところには入れないのは不公平な気もするんだが。
 まあ、あとから考えよう。べつに慌てる必要もないんだから。
 髪の中に当たる吐息があたたかくて、くすぐったくて…おかしいな。俺は生まれて初めて、甘く満ち足りた気持ちで眠りに落ちていった。





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